Atelier Sagan
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2001A's展
2001アズ展/座談会 1


■ 真似る・写す・体験する

サカイ:柴村さんはスケッチって、なんだと思ってるの?

柴村:あー、そんなこと言われても。今の話じゃないけれど、例えばセザンヌの現場制作、あれってどれくらい現場で描いて帰ってきてまた描いてるんだろうね。「大水浴」は完全に創作だよね。じゃあ、ある意味、静物のスケッチもあるんだよ。

野村:あるある。それじゃエスキースはどうなの?

柴村:エスキースは習作でしょ。

斎藤:それって、去年も話さなかったっけ?クロッキーとデッサンとスケッチの違い。

野村:そこのところ、みんな判然としてないのよね。こうだって言いきれていない。

柴村:だから、広義に渡っては、小説家だろうがなんであろうが何か作品を作る時に、荒描きを全てスケッチと言うよね。文字で書いても。音楽家だってあれはスケッチでしょ。始まりにあるもんなんだよね。

野村:写生とはどう違うの?スケッチって?

柴村:写生はスケッチの和訳なんじゃないの?でもちょっと違うだろうね。写すというような言葉は、けっこう悪い意味で使われているけれど、能の世界では「物真似」という言葉があるよね。あれは真に似るということで、実は非常に重要な芸の意味を持っていて、型から入ることで、個性が出るってことなんだよね。

野村:でも「写し」と「模写」は微妙に違うでしょ?すごく刺激を受けて、例えばピカソもそうだよね、いろんなスタイルを取ってしまったり、真似るってのはわりとあるよね。

サカイ:いやいや、動機付けにはあるよ。

柴村:子どもが育つのとおなじ、真似から始まるんだから。

野村:それはイイと思ったから真似るのよね。

柴村:必要であったりね。色んな要素があると思うんだけど。

野村:そう・・・風景を真似る?

サカイ:僕は、そうは思わないなぁ。

斎藤:実際、風景を描くときには、いつも切りとって描くよね。

サカイ:真似るって言うよりも、その現場に行ったという事実。

野村:体感すること?

サカイ:そう。

柴村:風景を真似るって言うよりは、風景という絵画のジャンル
自体がね、例えば、印象派でもいいんだけど、印象派のあの頃は光の効果だとか日没の効果だとか、だからわざわざあのオンフルールだとかああいうところにダーッと集まって、そこでその印象派の「風景」っていうのができてきたんじゃないの?だからその前の「風景」っていうのと全然違うじゃん。「風景」自体の概念が、外で描くものじゃなかったじゃん。まぁ、コローとかそういう人達はもちろん外で描いたりしたんだろうけど。コローの時代ともう少し前の時代と、あ、その前は風景はないのか、バロックぐらいはなかったんだっけ?

野村:あるよ。独立した風景じゃないけれど、人物の背景とか・・・

柴村:風景を真似るとか以前に、スケッチ=風景みたいなね、ところがどうしても強いから、そういう話になっちゃうんじゃないかな、と思う。

野村:でも、真似るっていうのはさ、自然を模すっていうのかな、その生き方の中には結構あるんじゃないかと思うのね。で、絵画表現は「真似る」ってことではもちろんないんだけど、写すとか模すっていう言葉がしばしば使われるのは、面白いかなと思う。

斎藤:時代背景があるんだよ。そこに入っていきたい動機付けっていうのがあるんだよ。真似ても写してもなんでもいいんだけど、そこに接したいというのは時代背景なんだよね。

野村:そうそう。で、今、写真があるじゃない。それは、「真を写す」ことになっているじゃない。違うと思うけど。

斎藤:ただ、あの場に行って、あの時のような光景で絵が描けるのは気持ちよさそうだなーって言うのが実感としてあって、描いている人もそうだと思うんだよ。それがわかったのは、講評会でのこと。会員が互いに講評をする様子をみて。それぞれの絵の中に参加しているんだよね。
柴村:そこでさ、静物画描いている場合は、そういう風にならないんだよね。

野村:そこで向き合った人だけが・・・

サカイ:同時体験をしているんだからね。

柴村:そう、同時体験をしている。

サカイ:だけどそれとスケッチとはまた、別の話だよね。野村さん、スケッチを欲するときってある?

野村:私は、自分の対象が人物だから、わりと人物の関連に気持ちが向くかな?

サカイ:僕も全くモノを描いているわけではないし、風景も描いていないけれども、結局、頭の中で記憶みたいなものを、なぞるわけ。その時に、あ〜枯れてきたなぁ〜、と思うときがあるわけ。

野村:自ら?

サカイ:自ら。

全員:笑

サカイ:こないだ描いた時と違うバージョンでやってるな、とか。あ、こりゃまた、2年前のものを再利用してやってるなと感じるときに、僕はスケッチとはちょっと違うけれども、あー現場に行きたい、こりゃ行かなきゃいかんな、と。最近思うんだけど、どこかに滞在することの方が、その枯渇に注ぐエネルギーがあると思う。例えば道端での定点観測、そういうものを眺める自分に余裕ができたときに、また新たな、これからのテーマになりうるものが出てくるんじゃないかと。

柴村:そんなの、キャンプに行くってことでしょ。

サカイ:そうそう。

野村:だから、絶対に何枚描く描かないとか、描く行為を指してないで、自分の気持ちにテコを入れてみるってことがスケッチという行為なのかもしれない。

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