秋田も奥深く、乳頭温泉郷なる地に行った。10年ほど前までは趣味の登山をしていた姉の「かって、山くだりの折泊まりたかったけれど部屋が取れなかった。ぜひ行ってみたい」に付き合っての秘湯行きであった。近年の習慣で宿の手配、交通事情その他下調べなどはわたくしの役目で。
新大阪から来た姉と無事東京発(秋田こまち号)で合同した。と言っても席は程よい距離で離れている。3時間ほどして田沢湖駅に着いたがバスが発つまでのゆとりがある。少し離れたベンチで早速くつろぐ。先ずはタバコです。
じつは東京駅での姉の乗り換え時間は10分間ほど。フトそれが心配になったわたくしは、山陽新幹線出口で姉を待っていた。が、ぎりぎりまで待ってもその姿を認めぬまま発車寸前の(秋田こまち)に乗り込んだのであった。無事車中に姉を発見した折のよろこび。なぜかすれ違っていたその間の不安は大きかった。姉も現れないわたくしを大心配していた。
スタート時からの心労も収まり、余裕の悪癖をふかしているとバス停にいた姉が来て催促する。「もう出るわよ」えっ、もう出るの!? アタフタと喫煙も中止する。
バスは間もなく出た。田沢湖畔を辿り、山道へと登り下り再び田沢湖畔へ。秘境までは50分ほどかかる予定。
景勝地に来た。土地に纏わるガイドもしていた運転手さんは車を止め、「4時15分までにお戻り下さい」と言う。田沢湖は数十年ぶり。でも、日本一の水深による碧の深い大きな湖のほぼ全景を見晴るかし、眺望するのは初めてだった。
紺碧の巨きな湖を縁取る紅葉。山里に点在する集落。北国の空はやわらかに蒼く、西空はすでに茜さしている。そちらに向け、白い雲の群れがはっきりと縹渺して行く。「統べて世はこともなし」と思わせられる、このひととき。
稜線のうつくしい駒ヶ岳あたりの上空、一条の巨きな雲が、天空からの矢のように輝く線を示してそそぐのが見取れる。うっとりと眺め入り遅れぬようバスに戻る。
バスは更に湖畔をたどる。そして運転手さんは「最期の休憩です」と又タイムを告げた。じつは大分前から不安だったのだ。山奥の秘境を訪れると言うのに湖畔めぐりをしている。もしや!?
運転手さんに尋ねてみるとやはりそのバスは(湖畔一周 観光バス)であった。
発つおり、不思議だったのだ。(田舎のバスって定時前でもみんなが乗り込んだら発車するのだ、呑気だなぁ-)って。「そんなことはしませんよ」当たり前の答えが返り、はずかしい。
でも親切に我々の乗るべきバスの時間と場所を教えられた。幸い便は良い。なんとか1時間半ほどの遅れで宿に入れそうだ。「バスが発つ」との姉の言葉に、予定より10分ちかい出立におどろきつつも確認しなかったわたくしも悪いけれど、姉に文句を言った。
「お姉さんてっきり行く先確認していると思ったのに・・・」「でも田沢湖一周が出来たじゃない」うそぶく姉に怒ったり笑ったり。基本、わたくしの喫煙を嫌う姉の潜在意識がさせた出来事ではないか?と何処かでわたくしは思っている。
先発のバスに乗り込んじゃって!。急かされたわたくしもノコノコと発っちゃって!!
でも帰宅日に(湖畔一周バス)は予定に入れていたから、早々のドジも例によって(まー、いいか)に落ち着く。
運転手さんが心配してくれたのもよく分かった。闇につつまれた山林にあるバス停に降り、周辺を見た時には恐ろしさに縮み上がってしまったものであった。でも帰途の便を待つ青年が一人佇んでいた。道を聞いたら何と中国人だった。姉は早速得意の中国語で会話をかわしている。
幸い、電話を入れたら宿の小型車が迎えに来てくれた。その後2泊、秘湯を求める旅は何とか無事にこなしたと言えよう。「2人で一人前」の合い言葉を胸に。
足場は悪いが、景勝の地に4つの露天風呂を持つ宿だった。湯良し、食良し、人柄良し、テレビなし、部屋にトイレなしの環境。翌日は循環バスによる7つの乳頭温泉めぐりも楽しむ等、ひたすら温泉浸かりで過ごした。
秋田のこのあたり、広大な周辺ほぼ統べてブナの木が植樹されている。すべて国有林の由。落葉して屹立するグレイの木肌がじつにうつくしい。感嘆すると、宿の人も運転手さんも緑の季節のうつくしさを口々に讃える。(来年のその季節にぜひ又来たい)なんて言う姉。もう知らない。もう面倒みないから。
3日目、予定のあるわたくしは帰らねばならなかった。湖畔に向け、なかば下った平沢温泉のホテルで姉と別れる。さらに2泊、姉は秋田の山里で温泉を楽しむのだ。わたくし同様一人旅に馴れた人だったが老いている。バスの件と言い、別れには心もとなさが残った。
とは言え、独りになったわたくしはマイペースを満喫出来るのだ。宿の食堂で相客の男性に「角館に寄って来たら武家屋敷の紅葉が素晴らしかった」と勧められていた。秘境の宿は朝もはやい。いつになく、わたくしも早出している。「角館」以前からあこがれを誘う地であった。さぁ角館へ・・・・。
黒い門塀を構えた黒い武家屋敷、そこに今たけなわの紅葉。北国のくれないは紅の深さが違う。複雑な層の彩り。種類、濃淡にどこか硬質な彩度がある。紅葉と黒、対比の彩り。それにより、さらに深まる美。北国らしい凛としたうつくしさ。2~3時間、そこかしこの佇まいを彷徨する。
屋敷のある表通りは季節柄観光客がおおい。残り時間は人の少ない川辺やふつうの町並をぶらぶらしよう。そして悪いけど、うつくしい地でのタバコはやはり美味しい。
これも同宿客に勧められたお店で比内鶏の親子どんぶりも戴いた。まだ時間はたっぷり。周辺を楽しみつつ駅方向に向かうと、大きな八百屋さんがあった。やさい、くだものが道ばたに溢れ、豊かな彩りを見せている。ふらふらと惹かれる。
(軽装で来たから、秋田の実りを持ち帰ろう)女性店員さんに選んだ品を頼みつつ奥へ入ると箱入りの林檎が並んでいる。なんてうつくしい林檎。彼女が説明をしてくれた。その中でひときわ赤さの輝く大玉が(紅あかり)とのこと。
わたくしの中であかりが灯った。つい先日、あるクラスでの催しに参加させて頂いていた。沢山の方々が、わたくしのために時を割き集ってくださっていた。終始、身に余るあたたかに包まれた集いであった。
更に、元来ドジなわたくしが、大きな花束を抱え、酔いの廻った足取りでポロポロと落とし物をしつつ帰る姿が想像されたのであろう。タクシーまで用意され、送り込まれての帰宅だった。車中、幾度めかの涙もぬぐった。
眠れぬまま贈られたサイン帖を読んだ。おひとり、一人のお顔も浮かび、幸せであった。アトリエ・サガンのすてきな人々。こんなに暖かい人々に恵まれた幸運(やはり悪運が真実でしょう)を思い、その夜の酔いはより深まった。あの夜、心に灯の種を得ていた。
老い、おひとり様で北構えの時期を迎えているわたくし。(でも人はみな最終的にはおひとり様ですものね)との不逞な覚悟も多少は備えているつもり。
北の旅で出会った(紅あかり)名前も良い。形に現しようもなく、心に仄かな灯りを得ている。この想いをあの方々に伝えたいと思った。迷わず言っていた。「これを送って下さい」と。