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2018/2月 映画、スリー・ビルボートを観て


 映画スリー・ビルボートを観た。
ミズーリ州の片田舎、さびれた山道に立つ巨大な3つの広告板。うち捨てられていたそれがある日突然深紅に彩色され、警察署長を弾劾する激烈な黒文字が躍った。

「恐怖の中レイプされた」「未だ犯人捕まらず」「ウィロビー保安官は何をしてるんだ」

 近くに住む、娘をレイプ後殺された主婦ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)。彼女は7ヶ月を経ても犯人が捕まらないことに業を煮やし、車を売り、月額5千ドルを業者に支払っての行動に出たのである。

 ウィロビー署長(ウッデイ・ハレルソン)は癌により余命半年を宣告されて居り、町中の人がそれを知って居た。ミルドレッドの許に赴いた彼は、穏やかに広告の撤回を説得するが断固、彼女は応じない。

 署長をふかく敬愛する部下のロックウェル(ジェイソン・ディクソン)は人種差別もはげしく、ろくでもない警官だが広告主、広告店主任への怒りを暴発させる・・・・

 先ず、のっけからの気配が只ならなかった。この、スリー・ビルボート掲示によって田舎町は混乱し、事態は加速的に悪化、予期しえぬ波乱の展開を見せる。

 普通のひとびとの普通な生活。人の営みに避け得ぬ、家族や地域社会を元にするすべての人間関係。それは親密な関係性や、行きずりの間柄であったりする。その中からビルボート出現を機に、人に潜在する悪意や排他性がが容赦なくあぶり出されて来るのであった。

 その結果、ミズーリの片田舎、普通の人々が犯す行動の愚かにも悲しい暴挙のかずかず。

 そして恐らくは登場人物すべての人がもつ優しさ、貴さも人々の関係性の中で折りにふれ立ち上り、漂うのだ。しばしば、わたくしはそれも見た。それは、ほんの一瞬の表情の中に立ち現れたりして画面から片時も目が離せない。

 切羽詰まり、腹を据えた凛々しい女主人公、ミルドレッドの行動は決して褒めてはいけないけれど、なんともオトコマエで格好よかった!!!。切なく、泪してしびれる。

 20年ほど前にみた「ファーゴ」以来気にしてきたフランシス・マクドーマンド。今回、言いようのないほどの演技だ。彼女なくしては、この名脚本は成り立たなかったのでは?と、思われさせるほど!!!

 そして、見事なとしか言いようの無い署長の自死。それによる部下ロックウェルの変貌。ともに優れた演技だった。ことに(ジェイソン・ディクソン)が良い。ダメ警官の生い立ちをふくめ、複雑な変貌を演じて胸を迫らせられた。

 共に直情・過激な主婦ミルドレッドと、クビになっている元警官ロックウェルは曲折を経て、思わぬ仲間となる。ラストシーンにはほのかな救いも兆される。

 この作品はつい先日、たしかゴールデングローブ賞を受けている。アカデミー賞の期待もじゅうぶうん。とされているらしいけれど、賞には元々わたくしは大して関心を持っていない。

 ミズーリの片田舎での出来事。いいえ、決してそうでは無いように思われる。これは今、現在の人間社会、世界のふつうの人々の生活そのものであり、その縮図だと考えられるのだ。

  おかしみと哀しみ。末怖ろしさに満ち、ダークな笑いをも伴う切なく愛しい傑作。監督・脚本ともに英国のマーティン・マクドナーであった。彼の作品は初見。まだ開始されたばっかり、上映中ぜひもう一度観たいと思っている。

 追記
 あと「デトロイト」も凄かったです。1967年、米国歴史上最大の暴動を女性監督がまるでドキュメントのように捕らえています。


2018/1月 火を灯し続けたい


 年老いて以来(もう15年ほど前からかしら?)ハタと気づかされる場がよくある。(そう、あの時の出来事はこんな事柄だったのだ!)(あの時、父・母・或いはあの人の気持ち、体具合はこのような事態にあったのでしょう)等、等、等、、、、、。

 すべて、後にし思う・後にて知る事柄だ。

 すべてが遅きに過ぎる気づきだけれど、仕方のなかった事で、わたくし自身の成長が遅きに過ぎたのである。さらに最大の原因は、人間は本質的にそう言う自己本位な逞しい生きものなのだから・・・と思い、勝手に自らを納得させてもいる。

 身勝手なわたくしは、これも15年ほど前から年賀状をお出ししていない。それでも頂く数十枚の年賀状。ことしも姉の許から帰宅した7日夜、しみじみと嬉しく1通ずつ拝見したものだ。これも懲りなく図太いわたくし。

 あかるい眺望は、全世界的になかなか望み得ない年明けだとは思う。でもわたくしには良き友・良き家族が居る。何ものともしれぬ大気に向い感謝をこめ、今日も晴れた空を見上げつづけた。

 世界の人々の中に、友の中に、わたくしの中に、希望・期待と言う{輝き}が灯るかぎり、2018年はより良く拓かれると信じたい。信じよう。

 毎月のわたくしの雑文、読んで下さる方々への感謝をこめて今年も続ける気持ちでおります。

 みなさま、よき年が拓かれますように!